オデュッセウスはリビュアのあたりをさまよったとも、シケリアのあたりだとも、あるいは大洋のあたり、ティレニア海のあたりだとも言われる。
アポロドーロス『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 摘要7(E.7.1–E.7.40)全40節
トロイアを発ってから故郷イタケに帰り着くまでと、その後の話。アポロドーロス『ビブリオテーケー』摘要7 の全40節を、英訳と日本語参考訳で通して読む。
この参考訳は、J. G. Frazer, Apollodorus: The Library, 1921 の英訳を底本とする英語からの重訳であり、ギリシャ語原典から直接訳したものではない。 固有名は、Frazer のラテン語形・英語化された表記を、日本語で一般的なギリシャ語系の表記に適宜改めた(Ulysses → オデュッセウス、Pluto → ハデス)。原英訳中の省略点は「……」で示した。訳者の注番号は表示から外している。
英訳は public domain。訳を確かめられるよう、英文をいつでも並べて読める。
オデュッセウスはリビュアのあたりをさまよったとも、シケリアのあたりだとも、あるいは大洋のあたり、ティレニア海のあたりだとも言われる。
イリオンを出帆したのち、彼はキコネス人の町イスマロスに寄り、戦ってこれを落とし、略奪した。ただしアポロンの祭司マロンだけは助けた。それを聞きつけた内陸のキコネス人が武装して立ちはだかり、船ごとに六人ずつを失って、彼は海へ逃れた。
次に蓮を食う人々の国に上陸し、誰が住んでいるかを調べに何人かを遣った。ところが彼らは蓮を口にして、そこに留まってしまった。その地には蓮という甘い実がなり、口にした者はいっさいを忘れてしまうのである。これを知ったオデュッセウスは残りの者を押しとどめ、蓮を食べた者たちを力ずくで船へ引きずっていった。そしてキュクロプスたちの国へ向けて船を進め、岸に寄せた。
他の船は近くの島に残し、彼は一隻だけでキュクロプスたちの国に寄せ、十二人の仲間とともに上陸した。海のそばに洞窟があり、マロンからもらった葡萄酒の革袋を携えて中へ入った。その洞窟はポリュペモスのものだった。ポセイドンとニンフのトオサの子で、巨大で、荒く、人を食う男、額にひとつだけ目がついていた。
火を熾し、仔山羊を何匹か供犠にして、彼らは食事をとった。そこへキュクロプスが戻り、家畜を追い入れると、入口に巨大な岩を据えた。そして人間たちに気づくと、何人かを食べてしまった。
オデュッセウスはマロンの酒をすすめた。飲み干すと、もう一杯とねだる。二杯目を飲むと、名を尋ねた。オデュッセウスが「誰でもない」と名乗ると、では「誰でもない」は最後に食い、ほかの者たちを先に食ってやる、と脅した。それが、返礼として彼に約束した友好のしるしだった。そして酒に負けて眠り込んだ。
オデュッセウスはそこに転がっていた棍棒を見つけ、四人の仲間とともに先を尖らせ、火で焼いて、その目を潰した。ポリュペモスが近くのキュクロプスたちに助けを呼ぶと、彼らは来て、誰がお前を痛めつけているのかと尋ねた。「誰でもない」と答えたので、彼らは誰にも痛めつけられてなどいないのだと思い、引き上げていった。
家畜がいつもの牧草地へ行こうとすると、ポリュペモスは洞窟を開け、入口に立って両手を広げ、羊に触れて確かめた。だがオデュッセウスは三匹の牡羊を縛り合わせ、……自分はそのうちの大きい方の下に潜り、その腹に身を隠して、羊とともに外へ出た。仲間を羊から解き放つと、家畜を船へ追い立て、船出しながらキュクロプスに向かって、自分はオデュッセウスだ、お前の手から逃れたのだと叫んだ。
キュクロプスは、オデュッセウスに目を潰されるだろうと予言者から告げられていた。その名を知ると、岩をむしり取って海へ投げつけ、船はからくもそれをかわした。この時から、ポセイドンはオデュッセウスに怒りを抱いた。
全船を率いて海へ出た彼は、アイオリア島に着いた。王はアイオロスである。彼はゼウスから風の番人に任じられ、風を鎮めることも、送り出すこともできた。アイオロスはオデュッセウスをもてなし、風を縛り込んだ牛革の袋を与え、航海でどの風を使うかを教えたうえで、袋を船にしっかり縛りつけた。適した風を使ってオデュッセウスの航海は順調に進み、イタケが近づいて町から立ちのぼる煙がもう見えたとき、彼は眠り込んだ。
ところが仲間たちは袋に黄金が入っていると思い、これを解いて風を放ってしまった。突風に流されて、彼らはまた元へ押し戻された。アイオロスのもとへ戻ったオデュッセウスは順風を乞うたが、アイオロスは、神々が敵にまわっている者を自分は救えないと言って、島から追い払った。
さらに航海を続けてライストリュゴネス人の国に着き、……自分の船は最後に繋いだ。ライストリュゴネス人は人を食う者たちで、王はアンティファテスといった。住民を調べようとオデュッセウスは何人かを遣った。すると王の娘が彼らに出会い、父のもとへ連れていった。
王はそのうちの一人をつかみ上げて食らった。残りは逃げ、王は叫びながら追い、ほかのライストリュゴネス人を呼び集めた。彼らは海辺まで来て、岩を投げつけて船を砕き、人々を食った。オデュッセウスは自分の船の綱を切って海へ出たが、ほかの船は乗組員もろとも滅びた。
一隻だけになって、彼はアイアイエ島に寄せた。住んでいたのはキルケ。太陽神ヘリオスとペルセの娘で、アイエテスの姉妹にあたる。あらゆる魔術に長けていた。オデュッセウスは仲間を二手に分け、籤に従って自分は船に留まり、エウリュロコスが二十二人の仲間とともにキルケのもとへ向かった。
キルケに呼ばれて、エウリュロコス以外は皆なかへ入った。彼女は、チーズと蜜と大麦粉と葡萄酒で満たし、魔法を混ぜた杯を、一人ひとりに与えた。飲み終えると杖で触れ、姿を変えてしまった。ある者は狼に、ある者は豚に、ある者は驢馬に、ある者は獅子になった。
エウリュロコスはこれを見てオデュッセウスに知らせた。オデュッセウスはヘルメスから受け取ったモーリュを携えてキルケのもとへ行き、その魔法にモーリュを投じて、飲んでも一人だけ魔法にかからなかった。そして剣を抜いて彼女を殺そうとしたが、キルケは怒りをなだめ、仲間を元に戻した。害を加えないという誓いを立てさせたうえで、オデュッセウスは彼女と床を共にし、テレゴノスという子が生まれた。
そこに一年とどまったのち、彼は大洋を渡って死者たちに供犠を捧げ、キルケの助言に従って予言者テイレシアスに伺いを立て、英雄たちと女たちの魂を見た。母アンティクレイアと、キルケの館で落ちて死んだエルペノルにも会った。
キルケのもとへ戻り、彼女に送り出されて海へ出て、セイレーンたちの島のそばを過ぎた。セイレーンはペイシノエ、アグラオペ、テルクシエペイア。アケロオスと、ムーサの一人メルポメネの娘たちである。一人は竪琴を弾き、一人は歌い、一人は笛を吹いて、通りかかる船乗りを引き留めようとした。
腿から下は鳥の姿をしていた。そのそばを行くにあたり、オデュッセウスはその歌を聞きたいと思い、キルケの助言に従って仲間の耳を蝋でふさぎ、自分は帆柱に縛りつけるよう命じた。セイレーンに惹かれて留まりたくなり、解いてくれと乞うたが、仲間はいっそう固く縛り、こうして彼は通り過ぎた。セイレーンには、船が一隻通り過ぎたとき自分たちは死ぬという予言があった。そのとおり彼女たちは死んだ。
その先で道は二つに分かれていた。一方はさまよう岩々、もう一方には巨大な断崖が二つあり、その一つにはスキュラがいた。クラタイイスと、トリエノスあるいはポルキュスの娘で、顔と胸は女のものであったが、脇腹からは六つの頭と十二本の犬の脚が生えていた。
もう一方の崖にはカリュブディスがいて、日に三度、水を吸い込んではまた吐き出した。キルケの助言に従って彼はさまよう岩々の道を避け、スキュラの崖のそばを行くとき、武装して船尾に立った。だがスキュラは現れ、仲間を六人さらって、食ってしまった。
そこから太陽神の島トリナキアに来た。牛が草を食んでいた。風に閉じ込められて、彼はそこに留まった。ところが仲間たちが食糧に窮して牛を何頭か屠り、これを食べてしまったので、太陽神はゼウスに訴えた。オデュッセウスが船出すると、ゼウスは雷霆で彼を撃った。
船が砕けると、オデュッセウスは帆柱にしがみつき、カリュブディスへ流されていった。カリュブディスが帆柱を吸い込んだとき、彼は頭上に張り出した野生の無花果の木をつかんで待ち、帆柱がまた噴き上げられるのを見て、その上に身を投げ、オギュギア島へ運ばれていった。
その島でアトラスの娘カリュプソが彼を迎え、床を共にしてラティノスという子を産んだ。五年そこに過ごしたのち、彼は筏を作って船出した。しかし沖でポセイドンの怒りによって筏は砕け、オデュッセウスは裸のままパイアケス人の岸に打ち上げられた。
そのとき王アルキノオスの娘ナウシカアが洗濯をしていた。オデュッセウスが助けを乞うと、彼女は彼をアルキノオスのもとへ連れていった。王は彼をもてなし、贈り物を与えて、故郷まで送る船とともに送り出した。だがポセイドンはパイアケス人に怒り、その船を石に変え、町を山で覆った。
故郷に着いてみると、オデュッセウスの財産は食い荒らされていた。彼は死んだものと思われ、求婚者たちがペネロペに言い寄っていたのである。ドゥリキオンからは五十七人。
この者たちは館へ通い、宴を張ってオデュッセウスの家畜を食い尽くした。ペネロペはラエルテスの経帷子を織り終えたら嫁ぐと約束させられ、三年のあいだ、昼に織っては夜に解いた。こうして求婚者たちは欺かれ続けたが、ついに見破られた。
家の有様を知らされたオデュッセウスは、乞食の身なりで下僕エウマイオスのもとへ来て、テレマコスに自分の正体を明かし、町へ入った。山羊飼いの下男メランティオスが二人に出くわし、罵った。館に着くとオデュッセウスは求婚者たちに食べ物を乞い、イロスという乞食に出会って取っ組み合った。そしてエウマイオスとフィロイティオスに正体を明かし、この二人とテレマコスとともに、求婚者たちを討つ手筈を整えた。
ペネロペは求婚者たちに、かつてイフィトスから贈られたオデュッセウスの弓を差し出し、これを引ける者に嫁ぐと言った。誰一人引けなかったところへ、オデュッセウスがこれを取って、エウマイオス、フィロイティオス、テレマコスの助けを得て求婚者たちを射倒した。メランティオスと、求婚者たちと寝た侍女たちも殺した。そして妻と父に、自分が誰であるかを明かした。
ハデスとペルセポネとテイレシアスに供犠を捧げたのち、彼は徒歩でエペイロスを抜け、テスプロトイ人のもとへ来た。予言者テイレシアスの指示どおりに供犠を捧げ、ポセイドンの怒りを解いた。当時テスプロトイ人の女王だったカリディケは、留まるよう勧め、王位を差し出した。
彼女は彼との間にポリュポイテスという子をもうけた。カリディケと結婚してテスプロトイ人を治め、攻めてきた近隣の民を戦で破った。だがカリディケが死ぬと、彼は王位を子に譲ってイタケへ戻り、そこで、ペネロペが彼との間に産んだポリポルテスに会った。
テレゴノスはキルケから自分がオデュッセウスの子だと知り、父を探して船出した。イタケ島に着いて牛を何頭か追い立てて連れ去ったところ、オデュッセウスがこれを守ろうとしたので、テレゴノスは手にしていた槍で彼を傷つけた。その槍は、エイの尾棘を穂先としていた。オデュッセウスはその傷がもとで死んだ。
だが相手が誰かを知ったテレゴノスは激しく嘆き、遺骸とペネロペをキルケのもとへ運び、そこでペネロペを妻とした。キルケは二人を至福者の島々へ送った。
しかし、ペネロペはアンティノオスに誘惑され、オデュッセウスによって父イカリオスのもとへ送り返されたのだと言う者もある。そしてアルカディアのマンティネイアに来て、ヘルメスとの間にパンを産んだのだ、と。
また別の者たちは、彼女はアンフィノモスのことでオデュッセウス自身の手にかかって果てたのだと言う。アンフィノモスに誘惑されたというのである。
さらに、こう言う者たちもある。オデュッセウスは殺された者たちの縁者から訴えられ、エペイロス沖の島々の王ネオプトレモスの裁きに委ねた。ネオプトレモスはオデュッセウスさえ除けばケファレニアが手に入ると考えて、彼を追放と裁いた。オデュッセウスはアイトリアのトオアス(アンドライモンの子)のもとへ行き、トオアスの娘を娶り、その娘との間に生まれたレオントフォノスという子を残して、老いて死んだ、と。